80代両親の夫婦げんかで見えた “相手の役に立ちたい”という本音

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80代になった両親。私が帰省した時にケンカになったことがありました。

私が間に入って双方の意見を聞くことになるのですが、その奥には「自分はまだ相手の役に立ちたい」「必要とされたい」という、不器用な本音が隠れていることがわかりました。

この記事では、そんな両親のやりとりを見守りながら気づいた“年を重ねた夫婦の気持ち”について綴ってみたいと思います。

表面上はケンカ。でも本音は「役に立ちたい」

実家で2人暮らしをしている両親。

 

父は病気の後遺症などで書くことや計算が不得手になり、体が思うようにいかないことも増え、時々母にあたることがあるようです。

  

母はもともと父に反論しないおとなしいタイプでしたが、最近では「しっかりしてもらわないと」とついガミガミ言ってしまうようです。

  
娘の私がたまに帰省すると、双方からそれぞれの主張を聞くことになります。

 

言葉の応酬だけを見ると、ただの不仲に見えるかもしれません。
 

でも話をよくよく話を聞いていくと、どちらも

 

「相手の役に立ちたい」
「まだ自分にできることがあると思いたい」

 

という不器用な本音が根底にあることがわかったのです。

 


 

年齢を重ねると、感情のコントロールが難しくなる

加齢とともに、脳の働きも少しずつ変化します。
 

感情のコントロールが難しくなり、ちょっとしたことでイラっとしてしまったり、涙もろくなったり。

 

それは、わがままになったのではなく「そうなってしまう」という側面もあるのです。

  

今までは理性で抑えられていたことが、難しくなり、感情のコントロールがしづらくなる。

  
そう理解してからは、親の感情的な言動に振り回されにくくなったように感じます。(カチンとくることももちろんありますが)

  

頭ごなしに言わずに、悔しい気持ち、もどかしい思いをなるべく理解するように努めています。

 

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子ども世代ができる“心の橋渡し”の役割

そんな両親の間に立つ立場として、私ができることは「話を聞く」こと。

 
一方の話だけではなく、どちらの気持ちも受け止めて、翻訳して橋渡しするようなイメージです。

 

「そんないい方しなくてもね」「そういう態度、面倒くさいよね」といった具合です。


直接では伝わりにくい気持ちを、やわらかく相手に届けていくのは、第三者だからこそできることなのかもしれません。

 


また、親が高齢になると、つい何でも手伝いたくなってしまいます。

 
先回りして危険を取り除く、でも、それが「できることを奪う」結果になってしまうこともあります。

 

親のため、というよりは自分の心配を減らしたいのかもしれないな、と気づきました。

 

本当に困っていることには手を差し伸べつつも、「まだ自分でできる」と思えることはなるべく任せる。


その小さな積み重ねが、親の自信や尊厳を守ることにつながるのだと思います。

 

老いていく親とどう向き合うか。

 
それは一筋縄ではいきませんが、「できない苛立ち」の奥にある本音に耳を傾けながら、適切な距離感を保っていくことなのかもしれません。

 

親子という距離がそれを難しくしてしまう場合もあるので、そんな時は福祉や医療のプロにも間に入ってもらうといいと思います。

 

 


実は、本当はお互いを思いやっている

よくよく聞いていくと父は

 

「今まで自分が計算やお金の管理、対外的なことはすべてやってきたが、それを母に頼らざるを得ない申し訳なさ」

 

を感じていました。一方母は、

 

「今まで対外的なことなどはすべて父がやり、自分は家事育児を担っていればよかった。でも今は自分がやることになるのでしっかりしなくては」

 

そんな気持ちで口調も態度もきつくなりがちだったようです。

 

なぁんだ。
お互いを思いあってのことだったのね。

 

そういういじらしい気持ちは、直接ではなく誰かを挟まないといえないことなのかもしれません。

 

金婚式も超えた夫婦、やっぱりお互いを覆いあっているのだな、と感慨深い。

 

夫婦げんかは、お互い自分の気持ちを理解してもらいたいと思いつつ、ついついそれが怒りとして表出している場合も多いです。

 

その奥にある本当の想いを、話すことで伝え合えたらいいですよね。

 

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